カネミ油症事件は、1968年に福岡・長崎・広島など西日本一帯で多くの被害者が出た日本最大級の食中毒事件です。PCB工場の労働者に、塩素ニキビや肝機能障害などの中毒症状が出ることは知られていましたが、油症被害者は経口摂取であったことと、PCBの加熱によりダイオキシン類(PCDF)が生成(後に判明)したことにより、PCB中毒では見られなかった深刻な身体の異変に苦しめられてきました。
カネミ油症の根治療法は開発されていません。故・原田正純医師が「油症は病気のデパート」と表しましたが、掻痒感を伴う皮膚疾患を始め、強い倦怠感、体中の痛み、突然の高熱など、現代医学ではその病状の診断がつかず、対症療法に頼るだけのことも多く、また、癌の発症率も高いのが特徴です。若者の突然死や自殺、体調悪化で職を失う、進学を諦める、差別により結婚が取りやめになるなど、油症によって多くの被害者が人生を狂わされてしまいました。健康被害だけでなく、差別などの社会的被害も大きいです。さらに被害者を苦しめているのは、直接食べた人だけでなく、子どもや孫にまで同様の健康被害が出ていることです。
→「「患者2世」唇からのどまで裂け目 「怒り込めて受診」」(朝日新聞社YouTubeチャンネル、2019年11月16日)
食中毒事件では「原因食品を食べて症状が出れば被害者」ですが、カネミ油症事件では「認定」されないと被害者とは認められません。事件直後に九州大学に油症研究班が発足し、診断基準が作られ、「認定」判定がおこなわれてきました。1969年7月に国が集計した届出者数14,627人のうち、わずか913人しか認定されていません。2020年3月現在でも、認定者数は2,345名にすぎず、今も多くの被害者が「未認定」です。
事件から44年を経て、ようやく2012年に「カネミ油症患者に関する施策の総合的な推進に関する法律」が施行されました。しかし、被害者が求めている医療費の公的支援などは認められず、救済法と呼ぶにはほど遠い法律です。他の公害や薬害の補償と比較してみると、その内容に大きな差があります。
その利便性から、かつて「夢の化学物質」と呼ばれたPCB。その国内製造量の96%が、かつて鐘淵化学工業(現カネカ)高砂工業所で製造されました。
毒性が強く分解されにくい性質であるなどの理由から、PCBの製造は1972年に中止され、1974年には製造・輸入が禁止されました。2001年にPCB処理特措法が成立しましたが、2018年現在、その処理は半分程度しか進んでいません。所在が不明となっている分も多く、すでに環境中にばら撒かれています。
カネカは、自社で製造した液状廃PCBの一部を焼却処理したものの、全国に出回っているPCBの処理費用に関して、会社独自には負担していません。処理施設建設から処理費用まで、ほぼ国の予算で賄われているのが現状です。国は、廃PCB処理には国家予算を投じているにもかかわらず、人体に入り込んだものや、すでに環境中に出てしまったPCBの処理対策は皆無に等しいのです。
今日、マイクロプラスチックによる海洋汚染が世界的に大きな問題になっていますが、PCBは油と親和性が高いため、石油から作られたマイクロプラスチックの表面に吸着され、さらに生物濃縮されます。
カネカは、事件当時の裁判原告の一部に対しては、見舞金を支払っていますが、その後の認定被害者などには、「責任はない」として一切の補償に応じていません。国(厚生労働省、農林水産省)、カネミ倉庫)、カネミ油症患者による三者協議の場にも、参加していません。
→補足情報|仮払金返還問題・公害など被害者への補償内容
考えるためのウェブ情報
いま何が問題か
油症は病気のデパート
カネミ油症事件は、1968年に福岡・長崎・広島など西日本一帯で多くの被害者が出た日本最大級の食中毒事件です。
PCB工場の労働者に、塩素ニキビや肝機能障害などの中毒症状が出ることは知られていましたが、油症被害者は経口摂取であったことと、PCBの加熱によりダイオキシン類(PCDF)が生成(後に判明)したことにより、PCB中毒では見られなかった深刻な身体の異変に苦しめられてきました。
カネミ油症の根治療法は開発されていません。故・原田正純医師が「油症は病気のデパート」と表しましたが、掻痒感を伴う皮膚疾患を始め、強い倦怠感、体中の痛み、突然の高熱など、現代医学ではその病状の診断がつかず、対症療法に頼るだけのことも多く、また、癌の発症率も高いのが特徴です。
若者の突然死や自殺、体調悪化で職を失う、進学を諦める、差別により結婚が取りやめになるなど、油症によって多くの被害者が人生を狂わされてしまいました。健康被害だけでなく、差別などの社会的被害も大きいです。
さらに被害者を苦しめているのは、直接食べた人だけでなく、子どもや孫にまで同様の健康被害が出ていることです。
→「「患者2世」唇からのどまで裂け目 「怒り込めて受診」」(朝日新聞社YouTubeチャンネル、2019年11月16日)
食中毒なのに「認定」?
食中毒事件では「原因食品を食べて症状が出れば被害者」ですが、カネミ油症事件では「認定」されないと被害者とは認められません。事件直後に九州大学に油症研究班が発足し、診断基準が作られ、「認定」判定がおこなわれてきました。1969年7月に国が集計した届出者数14,627人のうち、わずか913人しか認定されていません。2020年3月現在でも、認定者数は2,345名にすぎず、今も多くの被害者が「未認定」です。
被害者への補償
事件から44年を経て、ようやく2012年に「カネミ油症患者に関する施策の総合的な推進に関する法律」が施行されました。
しかし、被害者が求めている医療費の公的支援などは認められず、救済法と呼ぶにはほど遠い法律です。他の公害や薬害の補償と比較してみると、その内容に大きな差があります。
PCBとカネカ・国
その利便性から、かつて「夢の化学物質」と呼ばれたPCB。その国内製造量の96%が、かつて鐘淵化学工業(現カネカ)高砂工業所で製造されました。
毒性が強く分解されにくい性質であるなどの理由から、PCBの製造は1972年に中止され、1974年には製造・輸入が禁止されました。
2001年にPCB処理特措法が成立しましたが、2018年現在、その処理は半分程度しか進んでいません。所在が不明となっている分も多く、すでに環境中にばら撒かれています。
カネカは、自社で製造した液状廃PCBの一部を焼却処理したものの、全国に出回っているPCBの処理費用に関して、会社独自には負担していません。処理施設建設から処理費用まで、ほぼ国の予算で賄われているのが現状です。
国は、廃PCB処理には国家予算を投じているにもかかわらず、人体に入り込んだものや、すでに環境中に出てしまったPCBの処理対策は皆無に等しいのです。
今日、マイクロプラスチックによる海洋汚染が世界的に大きな問題になっていますが、PCBは油と親和性が高いため、石油から作られたマイクロプラスチックの表面に吸着され、さらに生物濃縮されます。
カネカは、事件当時の裁判原告の一部に対しては、見舞金を支払っていますが、その後の認定被害者などには、「責任はない」として一切の補償に応じていません。国(厚生労働省、農林水産省)、カネミ倉庫)、カネミ油症患者による三者協議の場にも、参加していません。
→補足情報|仮払金返還問題・公害など被害者への補償内容
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